日本国際経済学会第61回全国大会自由論題報告概要

 

北東アジア開発銀行構想

論点整理を通して

 

千葉 康弘 ychiba@akeihou-u.ac.jp

(秋田経済法科大学 経済学部)

T.はじめに

 北東アジア地域における北東アジア開発銀行(以下、NEADBとする)創設を巡る論議は北東アジア経済圏構想と同時に10数有年余り経過している。北東アジアの開発にとって開発金融スキームの構築は「銀行」構想や「基金」構想などをめぐり長い間の懸案事項となっている。日本では1995年の北東アジア経済フォーラム新潟会議で報告されその後、同フォーラムの金融専門家会議が98年3月、鳥取の米子市で開かれ、引き続く同年8月開催の同フォーラムで本格的に取り上げられ日本国内での一般的な論議の嚆矢となった。その後、2001年6月に大阪市で同フォーラムの主催でNEADBラウンドテーブル、本年1月「北東アジア経済会議2002 in新潟」(新潟県等主催)で開発金融パネルが設けられNEADBについての本格的論議が始まっている。本報告ではNEADB設立構想の意義、同構想の北東アジア経済フォ―ラムの取りまとめ役・元アジア開発銀行副総裁であるスタンリーカッツ氏の設立案をレビュー、その上で論点整理を通してNEADBを活用した北東アジア地域における金融面での開発協力のあり方を考察する。

 

U.NEADB設立構想の意義

 NEADBがなぜ必要かについての検討は北東アジア経済フォーラム等での議論1)を通して整理することが出来る。基本的には日本、韓国を除いた北東アジアでの経済社会基盤の整備に既存の国際開発金融機関である世界銀行(IBRD)やアジア開発銀行(ADB)の資金供給が対応されてないところから発している。その上、資金需要の主要対象地域である朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)はIBRD、ADBに非加盟で、また、ロシアもADBに加盟していない。これらのことが、第一義的に両国を含めたマルチラテラルな機能を有する国際開発金融機関の設立が必要視される所以である。また、第二義的には北東アジアの安全保障の意義も含めて考えられている。つまり、北東アジアは北朝鮮問題、日本とロシアとの北方領土問題などに見られるように冷戦構造の残滓が残っている数少ない地域である。「協調的安全保障」の論理を通して天然ガスパイプライン、図們江開発など国際プロジェクトによる経済協力の枠組みづくり過程で国際開発金融機関の設立は有力な選択肢の一つとして検討されている。

 

V「北東アジア開発銀行」設立案―S.Katz提言―

  この構想の具体的ビジョンは、1997年8月の第7回北東アジア経済フォーラム(ウランバートル会議)において、S.Katz氏をチームリーダーとして「北東アジア開発銀行」設立案2)が提示されたことから始まっている。北朝鮮、中国東北部、モンゴル、ロシアの極東地方を主要対象地域とし、インフラ整備資金を提供する構想である。その後、1998年3月に北東アジア開発銀行構想に関する第1回開発金融専門家会議(鳥取)、98年7月第8回北東アジア経済フォーラム・米子会議、99年9月第9回同フォーラム・天津会議、2001年4月同フォーラム・長春会議、2001年6月開発金融専門家会議(大阪)、2002年3月第11回同フォーラムアンカレッジ会議、同専門家会議で検討がなされている。 S.Katz氏の具体的提案の要旨を見ておこう。

@      目的:IBRD、ADB、民間ならびに公的な出資機関の資金移転活動を補い、北東アジアのインフラ整備のための円滑な資金の流れを保証することにある。

A      インフラ整備資金:北東アジア地域インフラ整備のためには年間75億ドルの投資資金が必要である。しかし、95年のデータに基づく試算では、IBRD、ADB、ヨーロッパ復興開銀(EBRD)の融資が15億ドル、日本、アメリカなどの二国間供与が5億ドル、民間投資と貸付資金が5億ドルで、その結果、供給可能な見込み総融資額は25億ドルで、差し引き50億ドル不足する。この不足を補う調達手段としての役割がNEADBと位置付ける。

B      資本総額と株式割当:資本金は総額200億ドル、株式の40%は北東アジア地域の政府(日本は全体の15%)、台湾、香港などの他のアジア地域が20%で、全体の60%をアジア諸国が所有、残りの40%がアメリカ、ヨーロッパなどの他地域に割り当てられる。アジア中心の設立である。

C     授権資本の50%(100億ドル)を加盟各国が5年年賦で出資し、残り50%は償還株式とする。(これによれば日本の実質負担額は毎年3億ドルとなる。)

 

       

北東アジアインフラ投資資金需要

必要額、財源、融資額

(年間額:単位100万ドル)

推定必要総額

 

 

7,500

民間投資およびクレジット

 

 

500

2国問財源(米国、日本、その他)

 

 

500

多角的開発銀行:

 

 

 

国際復興開発銀行     

1年につき6ローン)

750

 

アジア開発銀行    

1年につき5ローン)

650

 

ヨーロッパ復興開発銀行 

1年につき2ローン) 

100

2500

見込み総融資額

 

 

1500

推定融資不足額  

 

 

5000

出所:S.StanleyKatz

 

X.NEADBの論点整理

 北東アジア地域の開発を進めるための資金調達のスキームとしては、北東アジア専門の開発銀行(NEADB)構想の他に、既存のスキームである二国間のODA(政府開発援助)の活用、既存の国際金融機関,特にADBの強化や特定基金の設置、UNDP図們江開発事務局が提案した北東アジア・図們江投資株式会社の構想それに北東アジアの新設国際機関に資金協力の機能を併せ持たせるスキームなど様々な構想が提起されている。本報告ではNEADBの意義と課題を踏まえてこれらの諸案を含め北東アジア地域の開発金融調達のファシリティの必要性に対する具体的な論点整理を試みる。

1.NEADB設立可否に対する論点:

 韓国元総理のナム・ドクー氏とS.Katz氏の論点整理をみよう。ナム・ドクー氏は下記の4つの論点に分け整理している。@出資負担が問題にならないかA既存の開発銀行と重複しないかBADBに東北アジア開発のための特別基金を設置すればどうかC日本とアメリカが参加するかどうか、の4点を指摘している3)

 S.katz氏は北東アジア経済フォーラムアンカレジ会議でこれまでのNEADB構想に対する論点を整理し、特に反対意見に反論する形で下記の点を指摘している4)。ナム・ドクー氏の@ABと共通の論点整理となっている。

 @「世界銀行とADBが、必要なすべての資金手当てを北東アジア地域でのインフラストラク

   チャー開発に提供できるので新しいサブ地域の銀行は必要がない」という論点 

A     「北東アジア地域への新しい銀行設立には膨大な設置費用がかかり、日本,韓国,中国と参加メンバー諸国にとって負担が大きすぎる」という論点

 B 「ADB,WBの特別基金は北東アジアのための新しい銀行より現実的な対応であり、新銀行と

   同等の成果をもたらす」の論点

2.NEADB設立の仕組みに対する論点

@      NEADBの基本的な性格と目的、A NEADBの組織形態と銀行運営、B NEADBの業務方法、

C 資金調達と株式所有国/加盟国、D 株式公募と支払い方法、E 本部の場所/総裁の国籍

3. 各国政府の取り組みとその論点

@      日本 A 韓国 B 中国 C ロシア D 北朝鮮 E モンゴル

@      日本:NEADBについての本格的論議は2002年1月の北東アジア経済会議(新潟会議)から始まっている5)。日本政府としてNEADBに積極的な関与はない。新潟会議における政府関係者の発言が参考となる。「日本の立場から見ると、NEADBを設立するよりも、ADBの中に特別基金を設けるか、日本からの2国間援助であるODAを利用する考え方のほうがやりやすい」「開発金融問題は世銀やADBなど既存の開発金融機関を活用すべき」これが現段階における一般的認識と判断してよいであろう.

A      韓国:韓国の与野党が一致しているのは、北東アジアに多国間協力のフレームワークを構築することの重要性である。そこで与野党とも米国の東西センターが提唱する「NEADB構想」を支持している。南北の交流が活発になり経済協力が進展することにより、韓国だけでは負担できない巨額の資金が必要となる。このための資金調達を北東アジア諸国が中心となり欧米も関与した新しい国際機関の設立により実現させる。これは韓国の与野党が推進している政策である。(ナム・ドクー韓国元総理)

B      中国:199910月天津はNEADB誘致を表明、中国は積極的に動いている。

  C〜 E … 略 …

 

Y 一応の結びとして―開発金融支援ネットワークの構築6)

 NEADBの主要な機能は開発資金の供給である。金融機関としてのNEADBは慢性的資金不足地域における開発金融機関としての構想である。NEADBは開発資金供給のため国際金融・資本市場に存在する不完全競争性を取り除くために信用の標準化と資金の標準化を行う。NEADBは金融機関の2つの標準化機能を活用し、北東アジア地域の金融問題を解決する有効な組織体として存在し、信用リスクを削減しかつ多様化するインフラ資金需要に対応する役割を演じよう。そのためには開発金融システムの面での相互利用を視野に入れた枠組みづくりが重要となる。IBRD,ADB、EBRDそれに各国開発金融機関(例えばJBIC、KDB)等を巻きこむ開発金融支援ネットワークの構築が緊要である。21世紀の残された成長地域への開発資金はNEADBを通して適切に供給されることが期待される。

 



1) Northeast Asia Economic Forum Regional Economic Cooperation in Northeast Asia. Vladivostok,1992;Yongpyeong,1993;Niigata,1995;Honolulu,1996;Ulaanbaatar,1997;Yonago,1998; Tianjin,1999Changchun,2001Anchorage ,2002

2) S.Stanley Katz (1997) "Financing Northeast Asia's Infrastructure Requirements: Is a New Development Bank Needed? A Quantitative Assessment,Regional Economic Cooperation  in Northeast Asia :Proceedings of theth Meeting of the Northeast Asia Economic Forum; Ulanbaatar (June 1997)

3) Duck-Woo Nam  " Why is NEADB needed " www.dwnam.pe.kr

4) S.Stanley Katz (2002) " Financing infrastructure Development and the Northeast Asian Development Bank Concept ":Paper of Working Group presented at the11th Meeting of the Northeast Asia Economic Forum; Anchorage (March 2002)

5) 『北東アジア経済会議2002イン新潟 発言要約集』(2002.1)及び環日本海経済研究所『ERINA REPORTVol.45(2002.April) 

6) 拙稿「北東アジア開発銀行構想とインフラ整備―地方レベルの視点を通して―」『秋田経済法科大学経済研究所所報』第30(2002.3)