日本企業による東アジアへの直接投資と貿易構造

 

国民経済研究協会 小林慎哉

日本大学 乾 友彦

 

 本研究は日本企業の海外直接投資が日本と東アジア諸国との貿易にどのような影響を与えているかを分析した。構成はまず、直接投資による投資国と被投資国との貿易との関係に関して先行研究をサーベイしつつ考え方を整理する。さらに、パネル・データを用いて日本企業による海外進出および産業別輸出入の特徴を考察する。それをふまえ、Goldberg and Klein(1999)がラテンアメリカ諸国の分析に使用したモデルを用いて実証分析を行う。Goldberg and Klein(1999)のモデル設定は次式の通りとする。

本研究では、このモデルを日本と東アジア各国への産業別純輸出と投資の関係分析に適用する。ただし、被説明変数はi産業におけるt期における日本の投資先国との純輸出額とし説明変数におけるマクロ変数(日本のGDPの差分、投資先国のGDPの差分、実質為替レートの差分)には、ラグ変数を加えなかった。他産業としては、自産業以外の製造業に加えて、商業、金融・保険、その他の非製造業(それぞれラグは1期のみ)を加えている。非製造業は、当該産業の生産にプラス効果(当該産業の生産をサポートする)とマイナス効果(リプチンスキー効果を通じて、当該産業の生産にマイナスの影響を与える)の両方が期待されるので、符号はマイナス、プラスが考えられる。

推計結果であるが、自産業の直接投資が貿易に与える効果をみると、符号条件と整合的な結果が得られたのは、シンガポール、台湾、フィリピンであった。逆に符号条件を満足しなかったのは、香港、タイである。自産業以外の製造業(他の製造業)はモデルではプラスの符号が期待されるが、インドネシアでマイナスの符号が得られ、他の国では有意な結果が得られなかった。非製造業による投資に関しては、金融・保険業による直接投資は、香港、台湾においてプラスの効果を与えるが、商業の直接投資は香港においてマイナスの効果を与えている。これから香港、台湾では金融・保険業の投資は製造業と人材獲得面での競合を通じて製造業の生産にマイナスの効果を与えるが、香港での商業の投資は製造業の生産をサポートし、結果的に当該地域への輸出を減少させているものと推察される。

WTO加盟で日本への影響(空洞化など)が注目される中国については、より詳細な分析を行った。それによると、モデルビルディングにもよるが、日本から中国への直接投資はフローではプラスだが、ストック(2期ラグ)ではマイナスとの結果を得た。このことは、フローでは中国への直接投資拡大は、輸出代替効果や逆輸入効果より資本財や生産財の輸出促進効果の方が大きいということになる。また、GDPの符号も日本がマイナス、中国がプラスであり、順当な結果である。これらの結果に、今後輸入関税が順次引き下げられることを加味すれば、中国のWTO加盟により対中国直接投資が拡大したとしても、短期的には日本の貿易収支を改善する効果の方が大きいと予想される。空洞化の懸念がないわけではないが、少なくとも、資本集約型産業や知識集約型産業ではその懸念は小さいといえよう。

以上の分析では、直接投資のデータとして財務省「直接投資届出統計」を用いているが、この統計にはいくつかの問題点がある。第一は、これがあくまで届出ベースであり、実行ベースの統計ではないという点である。届出はしたものの実行しない案件の割合は意外と高く、時には半分近くに上るとの指摘もある。第二は、深尾・中北(1996)や深尾・天野(1998)でも指摘されているが、届出統計には、販売現地法人への投資が含まれており、純粋な生産活動だけではないという点である。さらに、産業分類がおおざっぱであり、詳細な分析が行えないという悩みもある。特に、電機産業は、家電製品のような労働集約型製品と半導体のような先端分野が含まれているため、本来ならば製品分野ごとに分けて推計することが望ましい。そこで、東洋経済新報社「海外進出企業総覧」を用いて、電機産業における対中国直接投資と貿易の関係を製品分野ごとに分析する。

結果は当日報告する。