CGEによるシナリオ分析を基にした日本の地域統合戦略の評価*

堤 雅彦**

要旨

 

本稿は,日本の地域統合戦略(近年のアジアを中心とした地域経済統合重視への変化)について,応用一般均衡(Computable General Equilibrium: CGE)モデルを利用したシナリオ分析を基に検討している.分析のシナリオは,日本とシンガポールで取り交わされた新時代経済連携協定を始めとする9通りの自由貿易協定であり,従来から行われている貿易自由化の効果だけでなく,重要性が指摘されている国際生産要素移動(直接投資と国際労働移動)の効果についても織り込んだ.

分析の結果、アセアン諸国と中国については,従来から貿易を通じた代替的な関係が指摘されているが,日本とのFTAに参加することで,両者ともに厚生を改善することが出来る可能性が示されている.「アセアン+3」におけるFTAは,何れの形(日本+アセアン,アセアン+中国,日本+中国)から始めても,参加国の厚生水準を落とすことなく広範囲の自由化に移行することが可能であると考えられる.さらに興味深い点としては,何れの場合にもアメリカの経済厚生は悪化しないため,経済的な理由によるアメリカの反対は合理的でないことになる.

他方,中国とアセアンの自由貿易協定が日本抜きで行われる場合,資本蓄積の鈍化により,日本の厚生水準が低下してしまうため,日本としてもアジアとの自由化を進めることが合理的である.

また,FTAの相手国の選択や自由化分野の選択が生産構造(生産調整)のパターンを変化させるため,国内の政治経済的な要因が重要となってくる.さらに,静学的な厚生の分配だけでなく,自由化のパターンは一国の要素集約度を変化させることを通じて成長経路に影響を与える.例えば,従来から保護主義の象徴とされている農業分野の自由化を含んだシミュレーションでは,この影響によって自由貿易協定が厚生水準を引下げる場合もあることを示している.

 

Keywords: Free Trade Agreements, CGE, Welfare Analysis, Regionalism, Japan

JEL Classification: F15; F22; O53



*本稿は、浦田秀次郎・日本経済研究センター編『日本のFTA戦略』第3章「日本のFTAによる経済効果 九つのシナリオ」を一部加筆・修正したものである。本稿における意見,見解,残る誤りは筆者個人に帰すべきものであり,日本経済研究センター及び所属機関に帰するものではない.

** 金融庁総務企画局企画課 課長補佐.連絡先:mt745@columbia.edu