中国家電産業の発展と国際分業 

輸入代替メカニズムの解明

一橋大学経済学研究科 範建亭

 

1.    研究目的と問題意識

中国の家電産業は経済改革・対外開放の成功を象徴する存在となっているが、その発展要因について、経済体制と国有企業の改革、価格の自由化、企業の経営戦略などの諸観点から分析したものがあるものの、貿易や直接投資の視点からの実証分析は数少ない。本研究では国際分業を後発国の産業発展の促進要因として捉え、貿易・直接投資・技術移転などが果たした役割を中心に中国家電産業の輸入代替化メカニズムを検証し、その追い付き発展の特徴と諸要因を解明する。

 

2.    雁行形態的発展過程と密輸入の検証

後発国における産業の発展パターンは雁行形態論が示したように、典型的に輸入→輸入代替生産→輸出化の段階を辿る。工業先進国に立ち遅れていた中国家電産業も、発展の初期過程において輸入に大きく依存し、1980年代の前半は導入期であった。1985年頃から投資拡大と新規参入は活発化となり、海外から導入された生産設備と技術をベースに家電の輸入代替化は急速に進行していた。1990年代に入ると量産体制が確立され、輸出も徐々に拡大している。このように、中国家電産業の発展は輸入期から輸入代替期を経て成長期へと移行しており、いわゆる雁行形態的発展過程を示している。但し、生産の拡大は主に旺盛な内需に依存したことがその発展パターンの特徴である。

輸入代替生産によって輸入が急速に減少していたが、輸入統計には過小評価の問題がある。他国の対中輸出統計に照らし合わせてみると、CTVに関する中国側の輸入統計が明らかに過小評価であり、大量の密輸品が流入していたと推測できる。修正した輸入依存度の曲線は、より遅いベースで低落していた輸入代替化を示している。このように、中国家電産業の雁行的発展を検証するには密輸入の存在をも考慮すべきである。

 

3.    産業保護と市場競争

中国家電産業の輸入代替工業化は保護貿易制度のもとで進められていた。厳しい輸入制限の一つは高い関税障壁であり、1990年代前半までに家電製品の輸入に対して極めて高い関税率が賦課されていた。しかし、ブラウン管のような基幹部品に対してはより低い関税率が賦課され、輸入に頼る基幹部品の海外からの調達を円滑化し、完成品組立産業の発展を推進しようとの狙いがあると思われる。他方、輸入に対する関税以外の規制手段は輸入数量制限、輸入許可制、貿易経営権などもあり、輸入が厳格に制限・管理されていた。

しかし、正規ルートの輸入が厳格な保護貿易措置によって大幅に減少したものの、密輸入品が絶えず大量に流入していることから、長期間に渡って実施された保護政策の意義と有効性がそれほど大きくなかったといえよう。

中国政府は国内市場を保護する一方で、指定企業制によって新規参入を制限し、統一的な計画のもとで家電産業を育成しようとしていた。しかし、指定外企業による家電の生産と投資は根絶されず、新規参入も相次いだ。その主な背景として、次の各点が挙がられる。第1に、急増した需要に対応できる既存の大企業が存在しなかったため、新規参入は容易になった。第2に、販売価格が高く設定されていたため、弱小メーカーはそのまま温存され、加えて新規参入を増加させた。第3に、地方分権と企業改革の推進によって地方政府と企業は新規投資の決定、外国技術の導入を容易にできるようになったため、重複投資が絶えず行われた。

こうして、中国の家電市場は比較的に早い段階から多数の生産企業が乱立し、競争し合う状況を呈していた。市場経済に逆行するような産業保護・育成政策は皮肉にも、政府の意図に反して企業間の激しい競争を促進させたのである。

 

4.    動態的な国際分業の展開

海外からの技術移転を媒介とした技術蓄積は、中国家電産業の迅速な輸入代替化と量産体制の確立に極めて大きな役割を果たしてきた。特に日本の家電メーカーが量産技術・設備の輸出、現地生産などを通じて積極的に中国市場に参入したことは象徴的である。その際、完成品組立だけではなく、基幹部品の生産技術と現地生産も多く含まれている。

日中家電産業の発展過程を対応させてみると、日本より20年以上遅れていた中国の家電産業は、1990年代後半から先発した日本に追い付くようになった。但し発展のパターンは日中で異なる側面がある。日本の家電産業は成長段階において、国内市場のみならず、輸出にも大きく依存して発展し、成熟段階では輸出から海外生産に転換して発展を続けている。一方、中国のほうは主に巨大な国内需要に生産拡大が支えられ、輸出成長の段階に移行することなくそのまま成長し続けている。

日中両国の発展過程は密接な国際分業関係にある。家電製品の対中輸出は日本家電産業の輸出成長に寄与する一方、成熟段階になると日本企業の生産技術輸出と生産機能の移管は、中国の輸入代替化を大きく促進していた。そして近年では、逆輸入の段階に入った日本は中国からの輸入を拡大している。このように、貿易や直接投資、技術移転を通じた国際分業は日中両国の家電産業の発展に大きな役割を演じているといえよう。

 

5.    結論

国内競争の激化こそが中国家電産業の発展を促進した大きな要因である。政府は生産や販売を統制していたにもかかわらず、活発な参入や重複投資が絶えずに行われ、比較的に早い段階から企業間の激しい競争が形成されていた。他方、家電産業の輸入代替化は保護政策のもとで進められたが、その効果も大きいものではなかった。高関税を背景に大量に流入された密輸入品は、保護貿易の効果を弱め、国内メーカーに最新技術の模倣と激しい市場競争をもたらす逆効果があったといえる。

急速な輸入代替化のもう一つ大きな要因は、日本を中心とした外国からの生産技術と直接投資の導入である。特に成熟化・標準化した組立技術の導入は中国の家電産業に「後発性の利益」をもたらし、量産体制の確立に決定的な役割を果たしてきた。そして、日中両国の家電産業は動態的な国際分業の展開を通じて、多様な分業関係も形成されつつある。

近年では雁行形態的発展論を疑問視する議論も多く出ているが、本稿の分析が示しているように、既存の比較優位産業が次々と先行国から後発国へと移行していくプロセスは基本的に変っていない。ただし、こうした産業構造の変化は技術移転や直接投資によって実現された部分が大きいことから、貿易との関連を中心に据えて産業の発展過程を分析する従来の雁行形態論は、後発国の産業発展を説明するには不十分であるといえよう。

以上