ロシア石油企業の輸出戦略 欧米メジャーズとの比較

大阪商業大学 中津 孝司

名古屋学院大学大学院 新村 忠宏

 

OPEC(石油輸出国機構)の盟主であり、世界最大の原油埋蔵量を有するサウジアラビアは、これまで世界の石油市場において重要な役割を果たしてきた。すなわち、余剰生産能力という強力な武器を誇示しながら、OPEC加盟国・非加盟国双方から協力を取りつけ、原油価格をOPECが定める適正価格の範囲内で維持してきた。加えて、世界第1位の消費国・アメリカに対する最大供給国として、エネルギーの安定供給を確約してきた。

一方、ロシアは旧ソ連邦崩壊の混乱を乗り切り、石油企業の民営化に着手した。現在、民営化された石油企業は積極的に外国資本と提携を結んだり、合弁企業を設立して、国内外の油田開発に関与することで生産量を増加させている。

これまでロシアの生産者を支えてきた西シベリア地域は生産量が減少していくが、今後、それに代わって東シベリア、バレンツ海、サハリンにおける生産量が増加する可能性が高い。1980年代以降、生産能力の拡大がなされていないOPECを尻目に、民営化されたロシア石油企業が台頭し、サウジアラビアの地位を揺るがしている。

しかし、ロシアの原油生産量が継続的に増加するという予測に対して懐疑的な見解もある。それらは生産量増加にはいくつかの障害が存在することを指摘している。すなわち、法律の不備、石油企業と地方自治管区との間で続発する紛争、複雑な官僚制度が依然として根付いていること、腐敗の蔓延、インフラ不足に力点を置いているのである。

また、埋蔵量が過大評価されているため、実際の埋蔵量、すなわち最終回収可能埋蔵量の残余が少なくなっており、さらに中央アジア諸国ではドライホールの増加や外国石油企業の撤退が原因で生産量増加は期待外れに終わると指摘している。

こうした原因によってロシアの原油生産量は減少し、サウジアラビアには対抗できないと結論付けている。

ロシア原油産業の行方は、次の2つの変数によって大きく左右される。

第1に、原油価格の動向である。原油価格は中国をはじめとする新興国の需要が増加することが見込まれ、上昇する可能性が高い。そうなれば、ロシアが有する限界油田への参入が活発化し、生産量および埋蔵量評価の増強に結びつく。

第2に、今後の生産地として注目されているバレンツ海、北極海、サハリンといったオフショア(海底油田)における生産量の増加である。しかし、この前提条件としてメジャー(国際石油資本)の技術が必要である。ロシア石油企業は海底油田の開発技術に乏しい。メジャーの技術を導入し、開発が進めば、自ずと生産量・埋蔵量は増加する。

近年、ロシアは急速に西側諸国との親密化を図っている。4月末にはNATO(北大西洋条約機構)準メンバーとして認められた。さらに、カナダG8では先進8カ国のメンバーとなり、2006年にはロシアでのG8開催が決定した。これらは対テロ攻撃に対する西側からの褒美ではなく、ロシアのエネルギー資源開発に対する期待である。

前述の通り、原油生産地は西シベリアから東シベリア、北極海、バレンツ海、サハリンへと移行している。これらの産地を開発するには海底油田の技術に加え、輸送航路・高速砕氷船の整備、パイプライン建設が不可欠である。それは、石油企業各社による独自パイプラインの建設を通じて、トランスネフチの民営化を促進することを意味する。国内パイプラインへのアクセスを認めることで外資の受け入れが可能となり、採算性の高いところに投資されるからである。この点においてサウジアラビアは失敗している。依然として国営石油企業が独占しており、資源ナショナリズムの意識が強い。他方、メジャーによる対ロシア石油企業投資はこれから本番を迎える。ロシアの石油企業とメジャーとは、この意味において対立軸にはない。むしろ相互補完的関係にある。両者は同じ方向を向いているのである。

ロシア石油企業は民間企業として採算性を最優先する戦略を採用していくだろう。バクー-ジェイハン・パイプラインへの参加、中国やアメリカへの原油輸出などがそれである。

ロシア石油企業は、開発を進めている産地の地理的条件および輸送条件に合わせて輸出市場の選択を行なっている。つまり、石油企業が保有する産地に照らし合わせ、採算性を考慮した上で輸出市場の開拓が推進されていくのである。これがロシア石油企業の新戦略である。対米輸出はこの新戦略を鮮明に映し出したものとなる。ルークオイルとユーコスが対米輸出に関与しているが、採算性の面で前者が先行している。

ロシア石油企業が対米輸出を手掛けたことで、北米とユーラシア大陸を結ぶ「環北極海市場」を形成しつつある。ロシアによる対米輸出は輸送航路の安全保障上、北方領土が重要な意味を帯びてくる。北方領土に対する日本の発言力は益々低下していくだろう。日本のエネルギー政策はより実利的なものへと移行していく必要がある。

            (執筆:新村忠宏、校訂:中津孝司)