依然として続く先進国による発展途上国の鉱物資源支配

−何が発展途上国の経済開発を阻んできたか−

 

志賀美英(鹿児島大学法文学部経済情報学科)

 

1       はじめに

 

 世界には鉱物資源に恵まれ、鉱業を経済の振興を図るための最重要部門に位置付けている国も多い。例えば、コンゴ民主共和国、ザンビア、ボリビア、チリなどである。これらの国は60年代以降、自国の鉱物資源を支配していた先進国からそれを取り戻して経済的自立を達成しようと、国連やUNCTADを舞台に結集し、先進国やガットに対してさまざまな要求を突き付けてきた。本稿では、世界の鉱物資源の開発と貿易の現状を明らかにし、ここおよそ50年の間に彼らの目標がどの程度達成されたかをみてみる。また、02年に始まったWTOの新ラウンドに発展途上国はどう臨むべきか、非鉄金属分野における南北競合の時勢の中で日本の非鉄金属産業はどう行動すべきか、についても触れたいと思う。

 

2              世界の鉱物資源の開発体制

 

2.1          発展途上国はかつて自力で鉱物資源開発を行うことをめざした

 現在世界で鉱物資源開発が盛んに行われているのは発展途上国においてである。発展途上国の鉱物資源は植民地時代に欧米資本によって切り開かれたものが多い。かつて発展途上国では資源ナショナリズムが高揚し、南北対立が激化した。発展途上国は、独立後も自国内で資源開発を行い利益を独占してきた先進国とその資本に対する不満と反発を強め、資源を自らの手に取り戻すべく、先進国資本が所有する鉱山の国有化、資源カルテルの結成、先進国資本の活動の規律・監督、鉱物資源の自力開発のための人員訓練の要求など、強行的な政策を次々と打ち出し、実行に移した。

 

2.2 発展途上国で鉱物資源開発を行っているのは今も先進国企業である

 現在発展途上国において鉱物資源開発を行っている事業主体は、必ずしも発展途上国の政府や企業でなく、多くは非鉄金属メジャーと呼ばれる多国籍企業である。それらはアメリカ、イギリス、オーストラリアなど先進国に国籍を置き、世界を股にかけて資源開発を行っている。

 

3 「南北分業」体制と貿易制度

 

3.1 発展途上国はかつて南北経済格差や赤字の解消のために貿易制度の改善をめざした

 第2次世界大戦後の国際貿易制度はガットが規律してきたが、Raul Prebisch (UNCTADの初代事務局長)は、報告書「Towards a New Trade Policy for Development」の中で、南北経済格差や発展途上国の赤字はガットの貿易制度下では拡大するばかりで、これを是正しなければ解消されないとした。発展途上国は、UNCTADや国連を通じて、先進国に対し次のような要求を行った。

〇先進国は、一次産品の関税引き下げを行い、また発展途上国が工業化の成果として製造した工業製品・半製品についても無差別の一般特恵を供与して、発展途上国産品の輸入拡大を図ること(Prebisch報告から抜粋)。

〇先進国は、自国経済の調整(産業構造の調整を指すものと思われる)を奨励して、発展途上国の経済の多様化に協力すること(「開発のための国際貿易一般原則」から抜粋)。

〇先進国は、発展途上国の一次産品の貿易および消費を阻害するような障壁(産業保護や高率関税を指すものと思われる)を削減、撤廃して、発展途上国の輸出のための市場を増大させること(「開発のための国際貿易一般原則」から抜粋)。

〇発展途上国が輸出する一次産品、半製品、製品の価格と先進国から輸入する工業製品の価格との公正かつ衡平な関係の樹立(「新国際経済秩序の樹立に関する宣言」から抜粋)。

 

3.2 「南北分業」体制下では南北経済格差は拡大する

 今日の世界の鉱物資源の需給構造をみると、発展途上国が鉱物資源を採掘し、先進国がそれを輸入して加工するという「南北分業」の構図が明瞭であり、発展途上国は今なお、先進国への資源の供給基地としての役割から逃れられずにいる。

 ここで鉱物資源の価格をみてみると、鉱石・精鉱は安く、地金、半製品(線、板、管など)へと加工度の高いものほど高い。例えば銅の場合、鉱石・精鉱、地金、管の価格はそれぞれ5万9千円/t、19万6千円/t、35万7千円/tである(2000年における日本の輸入価格)。完成品となると価格はさらに何倍にも跳ね上がる。原料を生産しそれを輸出する発展途上国の利益に比べ、安価な原料を輸入し高価な工業製品に加工してそれを輸出する先進国の利益は格段に大きい。原料と製品の価格の差が大きい「南北分業」体制の下では、利益は工業化の進んだ先進国に集中し、南北の所得格差は縮小するどころか、拡大していくことは歴然としている。

 

3.3 現在、鉱物資源の貿易制度はどのようになっているか

 日本の01年の鉱物資源の輸入関税をみると、鉱石・精鉱は種類や相手国を問わず無税であるが、一方非鉄金属地金や半製品に対しては、先進国から輸入する場合は3%の関税を課し、発展途上国から輸入する場合も地金など一部の品目には税を課している(発展途上国産品には特恵を供与し、大部分は無税である)。このような日本の鉱物資源の関税制度は、国内で大量に不足している鉱石・精鉱の確保を容易にし、地金などの輸入を抑えることによって国内製錬業・加工業を維持・発展させようとするもので、一種の産業保護措置といえるものである。

 日本の関税暫定措置法では、特恵の適用によって物品の輸入が増加し、当該産業を保護する必要があるときは、特恵の適用を停止することができることになっている。鉱工業品の特恵適用停止の方法は、特定品目について年度毎に一年間の特恵適用限度額・数量(シーリング枠)を設定し、これを超えた時点で特恵適用を停止する方法である(ちなみに、01年の銅地金・ワイヤバー・ビレットの特恵適用限度数量は、合計で3万7千tである)。またLDC特恵は原則として特恵対象品目すべてについて無税無枠であるが、コンゴ民主共和国とザンビア(両国は世界有数の産銅国である)から輸入する銅地金・ワイヤバー・ビレットについては、国内製錬業への影響が著しいため、01年から一般特恵税率を適用し、一般特恵と同様のシーリング枠を設定することになった(ちなみに、両国から輸入する銅地金・ワイヤバー・ビレットの01年の特恵適用限度数量は、合計で1万2千tである)。一般特恵やLDC特恵は先進国が発展途上国のために自主的に導入している制度であるが、これらとて無制限でなく、適用には国内産業への影響を考慮した一定の制限があるのである。

 以上ような産業保護を目的とした関税制度は世界のどの国にも、また鉱物資源に限らず多くの品目にごく普通にみられる。このあたりまえのように行われている産業保護措置が発展途上国産品の市場アクセスに対する最大の障壁となっている。

 

4 発展途上国は当初の目的を達成できたか

 

 発展途上国で高揚した資源ナショナリズムは、天然資源の永久的主権の確立、発展途上国産品に対する先進国の輸入関税引き下げ・一般特恵供与などとして具体的に実を結んでいった。しかし、発展途上国が当初めざした彼ら自身による鉱物資源開発は、チリなど一部の国の成功例を除いて、あまり活発になっていない。多国籍企業の世界展開、生産・加工の「南北分業」体制、ガット・WTOの貿易制度など、世界における鉱物資源の開発と貿易の現状をみると、60、70年代の姿とそれほど大きく変わっていないようにみえる。発展途上国は相変わらず自国の資源を先進国のために掘り続けているという感じである。

 発展途上国における経済の多様化、工業化が遅れた原因のひとつに、今日までの貿易制度が考えられる。確かに発展途上国のねらいどおり、先進国での鉱物資源の輸入関税の引き下げが実現し、発展途上国で生産された鉱物資源の先進国市場へのアクセスは改善されてきている。しかし、先進国では依然として国内産業保護(先に述べた関税制度のほか、セーフガード、反ダンピング、補助金など)が横行しており、そのような先進国主導の貿易制度の下では、発展途上国の輸出は拡大するにしても量的にのみならず質的にも限界がある。今日までの貿易制度、とりわけ先進国の産業保護措置が発展途上国から技術向上のための機会を奪い、発展途上国経済の多角化や工業化に対する障壁になってきたことは否めない。これは、発展途上国が先進国に求めてきた産業構造の調整が期待したほど進んでいないということなのかも知れない。

 

5 新ラウンドに臨んで−発展途上国の対応

 

 WTOの新ラウンドにおける11交渉項目のうち鉱物資源の開発と貿易に係わるのは、非農産品市場アクセス、ルール(反ダンピング協定、補助金協定)、貿易と環境、貿易と投資の4つであるが、それぞれの交渉で発展途上国にとって重要と思われる点をあげておく。

〇非農産品市場アクセス交渉では、先進国に対し、一般特恵税率の引き下げ、特恵品目に設けられているシーリング枠の拡大・撤廃(日本の場合)、およびそれらを実現させるための産業構造調整を求めていくことである。先進国の産業保護措置を後退させ、発展途上国産品の市場アクセスを改善するには、何よりも先進国の構造調整が不可欠だからである。

〇ルールに関する交渉では、先進国における反ダンピング措置の乱用や政府の特定産業に対する補助金(融資や債務保証も含む)を厳しく監視していくことである。

〇先進国の新たな産業保護措置の導入を阻んでいくことも必要である。新ラウンドでは、アメリカが主張した「貿易と環境」が新たな交渉項目に取り上げられるが、そこには、安い発展途上国産品の世界市場および先進国国内市場への攻勢を食い止め、自国の産業を守ろうという先進国の思惑が見えてくる。

〇発展途上国は、自国内で資源開発を行う先進国企業に対し、技術移転や開発のための資本財の供与などさまざまな要求をしてきたが、ウルグアイ・ラウンドで採択された「貿易に関連する投資措置に関する協定」によってそうした要求(「投資措置」)は制限されることになった。この協定の成立と新ラウンドにおける見直し交渉によって、受け入れ国側の「投資措置」がさらに制限され、投資条件が緩やかになっていくことは確実で、先進国企業の発展途上国への直接投資は今後一層活発になっていくと思われる。先進国企業の力を借りて経済的自立をめざす発展途上国にとって、投資企業をいかに利用するかはきわめて重大な問題である。

 

6 日本の鉱物資源産業の方向−「おわりに」に代えて

 

 日本は世界で最も貿易の恩恵を享受してきた国のひとつである。戦後日本における経済成長の原動力となったのは加工貿易システムであるが、このシステムは、護送船団方式といわれる政府の業界に対する手厚い保護と、安い原料・高い製品という交易条件、「南北分業」体制下での保護貿易が可能にしてきたといえる。日本で製錬・精製などの下流部門が発達しているのは、安価な鉱石・精鉱を無税で欲しいまま入手し、地金(や半製品)に対しては課税したり輸入制限をして自国の製錬業・加工業を保護してきたことによる。

 しかしこれがいつまでも続くとは思えない。先進国では長期的には産業保護が縮小されていくであろうし、一方発展途上国(政府系企業やそこで活動するメジャー)は鉱物資源の付加価値を高めるため下流部門も発展させていくであろう。また、同一産品では先進国産品に比べて発展途上国産品のほうが価格や関税の面で遥かに優位であり、競合すれば、先進国は発展途上国に市場を奪われていくことは明らかである。

 著者には、日本の非鉄金属産業が生き残る道として、次の2つの方法しか考えられない。ひとつは、低次の分野は次に続く国に譲り、自らは彼らと競合しないあるいは彼らではできない次元の高い分野へ重点を移していくことである。例えば、高度な製錬・精製技術、環境対策技術、金属スクラップの再資源化技術などの研究開発である。これが、UNCTADやWTOが描く世界が共に生きていく理想の姿と思われる。もうひとつは、発展途上国側に付くこと(すなわち、発展途上国への投資を推進すること)である。安価で豊富な労働力、発展途上国産品の貿易上の優位性、投資環境の改善(「投資措置」が制限され、自由な企業活動が確保されつつあること)などがその主な理由である。   (以上)