日本国際経済学会第61回全国大会自由論題報告 第4分科会グローバリゼーションUB

 経済の長期波動とインフラストラクチュアの進化    渡辺健一(成蹊大学)

 

 第59回全国大会において,資本蓄積率を主データとし,実質GDPを補助データとして用いることにより,米国経済の長期波動が1815年(谷)−37年(山)−64年(谷)の第1波から,1865−1903−1933,1934−73−92の第2,第3長波を経て,現在第4長波の上昇過程にあることを示した.

 同様に英国経済の長波を検出すると17579618151816468718881930194519465895となる.世界経済の長波は技術革命をリードする覇権国のそれにより代表されると想定すると,産業革命以来の世界経済の長波は@1757961815(59年間),A1816466449年間,64年の谷の段階からは米国がリードすると想定),B186519031933(69年間),C19347392(60年間)を経て,現在第5長波の上昇過程にあることになる.この区分は各覇権国での社会や経済の大きな制度的変化ともおおよそ一致する(渡辺(2000)(2001)).

 長波の検出には従来このようなマクロ経済データによる検出に加え,シュムペータ学派の流れを組む技術革新に注目する検出もなされてきた.長波検出は戦争等経済外的事件の影響の大きい物価変動ではなく実体経済の変動によるものが望ましいとする観点からはこの技術革新の検討は重要といえようが,どのイノベーションに注目すべきかといった問題を抱えており,この方法による長波の時期区分はあいまいであったといえよう.しかし近年Grübler &  Nakićenović (1991)による輸送手段のインフラストラクチュアの変遷に関する統計的研究がなされ,これを利用することにより各長波の技術・経済システム(techno-economic paradigm)の性格(インフラはその重要側面を構成する)が明瞭になると考えられる.彼らはロジスティック曲線を当てはめることにより単純化した結果,先進工業国での運河延長は1865年に,鉄道延長は1930年に,舗装道路延長はおよそ1995年に,それぞれ飽和点に到達するとしている.この飽和点を上記世界経済の長波の谷と比較することにより,結論的には第1長波(英国の運河建設と特徴とするが)を除き,各長波を特徴付けるインフラは先行長波の末期に出現し当該長波期間に成長を遂げ,長波の終わる頃に最長距離・飽和点に達するとすることができよう(むろん各国で,また使用するデータにより若干の変動はあるが).この報告では彼らの結果の追試を兼ねて米国のデータをやや詳細に検討した結果を,通信のそれと合わせ報告する.この観点からすれば第5長波のインフラは空港とインターネットとなろうが,従来のインフラと異なりこれ自体がグローバル化を推進する基盤となる.

 インフラへの注目は既にコンドラチェフ自身に見られる.もともと彼の長波は,データ制約上物価変数を主に利用してはいたが,中期循環や短期循環に並ぶものとして提唱された以上これは当然といえよう.コンドラチェフ自身は,中期循環を設備の耐用年数と更新投資の集中によるとするいわゆるエコー理論と同様に,インフラの耐用年数を50-60年としその更新が長波を生むと理解していたようであるが,上記のようにインフラは各長波で異なる性質のものであるためこの理解は無理と思われる.つまりインフラの変遷,さらには進化と捉えるべきであり,この場合は長波の周期を決定するものは依然として不明であるが,Grübler等はイノベーションとその模倣・拡散に伴う時間的遅れがロジスティック曲線状の変動を引起すとしている.(なお我々の理解では中期循環は設備投資の,短期循環は在庫投資の過剰とその調整による).

 長波を実物面で特徴付ける今一つの要因は上記の技術・経済システムの基礎となる,ペレスのいう中核投入物である.これは低価格で実用上無限に供給されるため当該システムの主要投入物となる.第2長波の練鉄,第3長波の鋼鉄,第4長波の石油であり,第5長波ではICチップとなろう.この投入物を基礎としてパソコンやインターネットのコストが低下し,それらが第D長波の情報・通信革命,およびそれを物的基礎とするグローバリゼーションを推進する基盤となる.

   渡辺健一(2001)「コンドラチェフ波動とインフラストラクチュアの進化」成蹊大学経済学部論集  

                                     第32巻第1号.

 

  要約図 アメリカ(世界)経済における長波とインフラストラクチュアの進化

<第1長波:英国運河の時代,175796181559年間>

<第2長波:運河の時代,49年間>

1864

 

 

1815

 

 

 
楕円: 18466

    

         

運河延長  1802          1825    1837             1851 (英,仏)

      (1.2%)        (14.7%) (50%)           (100%)

中核投入物: 錬鉄  

  1757(コート法):180122ポンド/t)→181513ポンド/t)→18406ポンド/t)

 

<第3長波:鉄道と電信の時代,69年間>

1933

 

 

1864

 

 

 
楕円: 1903

    

         

鉄道延長  1839    1857             1900       1916

      (0.9%)  (9.6%)         (50.2%)     (100%) 

電信線     1851   1858                      1933 海底(100%)

   英仏間海底ケーブル 大西洋海底ケーブル                   国内(97.5%)

中核投入物: 鋼鉄

  1855年前後(ベッセマー法,平炉法):             cf1889年エッフェル塔完成

  鋼鉄製レール価格: 1865165/t)→1870107/t)→189818/t),鉄製の56倍耐用

   鉄製レール価格  186599/t)   →      189846/t)

<第4長波:道路と電話の時代,60年間>

1992

 

 

1933

 

 

 
楕円: 1973

    

         

舗装道路延長1904    1920      1948                   1994

      (4.2%) (10.1%)    (49.9%)                (100%)

電話普及率 1900           1941                    1993

      (8%)         (51%)                  (94.2%)

ラジオ    19220.2%)→193361.3%)      197098.6%)

テレビ              19460.02%)                1992-698.3%)

中核投入物: 石油

 米国石油価格 1870年代初→80年代末間に1/7に低下,19351970 1/b(実質価格1/2に低下)

 

<第5長波:空港とインターネットの時代,60年間?>

2050??

 

 

1992

 

 

 
楕円: 2020?    

         

参考: 総輸送量(含旅客) t・km/yearの推定最大値290bil. t-km/year対比 (Grübler推定)

 19441%) 196310%) 198050%)        201699%)

  

ブロードバンド・インターネット: 2001年は「ブロードバンド元年」

 インターネット普及率(人口比利用者数): 第2位米国(55.8%),第14位日本(37.1%)

 光ファイバ・ブロードバンド・アクセス・ネットワーク普及状況: 米国 30.7万世帯(20006月末),  

                                日本17万(20003月末*),

                           *2005年度までに1000万世帯にする計画

中核投入物: ICチップス,(光ファイバー)

 1971MPU73年マイクロコンピュータ,80年代初頭PC登場;(1970光ファイバー)

 過去30年間にトランジスタ価格は百万分の1に,過去6年間にMIPS当り価格は230$から3.42

 1bitkm当り光ファイバー伝送コストは過去30年間で千分の1に.

 

 

参考文献

Grübler, Arnulf & Nebojša Nakićenović (1991), Long Waves, Technology Diffusion, and  

  Substitution, Review, XIV, 2, Spring, 313-42, in Freeman, Christopher ed. (1996),  Long Wave

  Theory, UK and US: Edward Elgar Publishing Limited.

渡辺健一(2000)「米国経済の長波(コンドラチェフ波)の時期区分−付論:日本経済の長波−」成蹊大学

  経済学部論集 第31巻第1号.

――――(2001)「英国経済及び世界経済の長波」成蹊大学経済学部論集 第31巻第2号.