ITの国際政治経済学―標準化に関連した諸問題の考察―

                             田村考司(桜美林大学)

 

 1990年代に世界的規模で情報インフラストラクチャーの整備―IT革命―が,日米欧の先進国だけではなく,シンガポール,マレーシアなど途上国においても進められた。このIT革命は経済学に様々な研究課題を提起しているが,標準化はそれらの内の1つである。マイクロソフトに典型的に示されるように,IT産業においては技術標準を制した企業が市場において競争優位に立つ傾向が顕著であるからである。本報告では,第3世代携帯電話を分析対象に据え,IT標準化に関連した諸問題として,@途上国を巻き込んだIT標準化をめぐる規格競争,A技術標準と知的所有権(とりわけ特許),を取り扱う。

(1)クローズアップされるIT標準化

 標準化の目的は,商品の品質の明確化や他商品との互換性の確保など経済の効率化を図ることにあるとされる。IT製品の場合,相互接続性・相互運用性が確保されなければ,製品としての機能を発揮できないため,標準化は不可欠である。しかし,この標準化プロセスは単なる技術的問題ではなく,経済的問題―技術標準を掌握した企業が競争力を向上させる―でもある。標準化プロセスは大別すれば,デファクト・スタンダード(事実上の標準)とデジュリ・スタンダード(公的な標準)の2つになるが,近年ではコンソーシアム及びフォーラム・スタンダードといわれる上記2つの中間的形態も増加してきている。

(2)第3世代携帯電話(IMT−2000)の標準化をめぐる規格競争

 移動体通信システムが製品として機能を発揮するには,無線部分(エア・ネットワーク)と有線部分(コア・ネットワーク)が標準化されなければならない。第2世代までは各国毎に規格が乱立したため,グローバル・ローミングが不可能であった。そこで第3世代では世界共通標準を目指して,ITU(国際電気通信連合)にて標準化が実施されることになった。このプロセスは,成長市場として期待されていた第3世代において競争優位を獲得するための規格競争でもあった。第2世代におけるヨーロッパのGSMの成功のように,標準化が競争力を左右する一要因だからである。

 第3世代において注目すべきことは,巨大市場を有する中国が独自規格を提案し,技術標準の1つとして認めさせたことである。このことは,従来は先進国主導であった標準化プロセスに,発展途上国が加わってきたことを示している。

(3)技術標準と知的所有権

 IT標準化において,技術標準と知的所有権が対立するケースが数多く見られるようになっている。ITUなど国際標準化機関では特許が技術標準に含まれた場合の対処方針(パテントポリシー)を定めており,無償または合理的かつ非差別的条件での使用許諾に応じないならば技術標準として選定しないとしている。しかし,IT産業においてはこの要求に容易には従わず,特許の標準化によって収益を得ようとする企業があり,第3世代ではクアムコム社とエリクソン社の間で対立が生じた。

 上記のことは,ITUのパテントポリシーは特許の標準化問題に積極的に対応できなくなっていることを示しているのではないか。この結果,多数の特許が含まれざるをえないIT製品では,高額のロイヤリティーを途上国は負担せざるをえず,中国の独自規格の提案はこうした文脈の中から生じたと考えられる。

 

参考文献:藤野仁三『特許と技術標準』八朔社,1998年

山田肇『技術競争と世界標準』NTT出版,1999年

     蔡林海『中国の知識形経済』日本経済評論社,2002年