JSIE61報告要旨Vision is the art of seeing things invisible…….Jonathan Swift ss2002-7-31

グローバル・ファイナンス・リスクへの対応

   -------市場、投資、政策、情報、理論の限界と制度能力の向上

                                 砂 村  賢

(I)グローバリゼーションの現状

経済のグローバル化は、情報通信技術の進歩による取引コストの低下とあいまって、貿易、資本、労働、アイデアの自由交流を通じ、経済、社会面統合化の手段を開放し、投資意欲の旺盛な諸国を中心に経済成長を高め、生活水準向上の機会を拡大した。ブラジル、チリ、中国、韓国、メキシコが世界貿易に占めるシェアを倍増させ一人当り所得を六割増加させた点は(1980-97)、確かにグローバル経済統合化の利益を示しているが、一方では、一日二ドルにも足りない二八億人の貧困層が依然取残され、所得格差を一層広げて、ローカルの生活環境と制度システムに激変をもたらし、一律的なグローバリゼーションが内包する各種マイナス面も顕わにしている。とりわけ金融は本質的に七つの機能を備え、一般性格として規模の経済性を追求し、証券化による資産流動化で一層金利敏感度を高め、資金効率化のため金利為替の裁定取引を徹底するので、グローバル市場での自由競争では、収益拡大を強く志向する先進国の投融資機関が一様に活動し易い性格を持つ。

反面、各国には通貨自主権monetary sovereigntyがあり、国際市場の情報収集分析、異時点間の取引、信用評価の基準、制度能力、金融監査基準、金融技術の点で大きな格差と歪みが存在し、取引信用や採算慣行、文化、制度面で、ローカル市場も伝統的に特色を持っている環境では、一気に英米流のグローバル市場への統合や競争に巻込まれる場合には多くの限界的状況が露呈される。資本自由化により世界資金の最適配分が実現する方向に機能するには基本的な制度条件の整備が前提とされる。とりわけグローバル化の恩恵に多様なローカル市場が浴するには、発展段階と金融の成熟度に応じて、外部ショックを能力の範囲内に止め得る内外金融の調整能力が必要である。

グローバル・ファイナンス市場に見る深刻な最近の本質的事件としては、IMFが金融自由化を各国に一律法的に義務付けるべく九七年五月規約第六条を改正しようとして、アジア危機の発生で見送った経緯、第二に九八年八月のロシアによるルーブルの実質的切下げと不払宣言がブラジルの支払困難に飛び火して、ニューヨーク証券市場の流動性が枯渇すると言う事態にまで発展した伝搬性、その際グローバルな分散投資に熟達し専門家として高度の金融技術を備えている筈の米国の私募投資信託LTCM経営破綻に追込まれたこと、第三に米国エコノミストの多くは中南米諸国の慢性的インフレ抑制の見地からドル化の動きを歓迎し、新興国の為替相場制度としては変動相場制を採用し得ないのであれば、アルゼンチンが九年前に採用したカレンシー・ボード制を最適としていたが、実態は四年も前から景気低迷の局面にあり、終に2001年暮には制度の離脱を余儀なくされたのに、IMFは事前の助言も事後の支援も出来ずやはり一般的には開放経済は変動制しか有効な制度はない、との意見を今更唱え(IMFKohler2002/3)、貿易と投資の安定的拡大を望む新興国の為替制度を事前に親身になって具体的、実務的にも理論的にも指導出来ないでいる実情は、極めて深刻な金融のグローバリゼーションの実態を示している。

(II) 金融資本市場グローバル化の限界

グローバル化した金融の内包する本質は、一般的に市場、投資、政策、情報、銀行制度、理論面の六つの限界状況として捉えられる。具体的に取上げておこう。

()金融資本市場の自由化は、金融機能の歴史的成熟過程から見ても(FSD)グローバル市場に自国システムが馴染むまでに七つの手順を踏む必要がある。商業銀行の営業自由化、信用割当の廃止、外国有力銀行の参加、経常取引の自由化、金利の自由化、対外投資の自由化、そして資本取引の全面自由化と言う実務的な学習プロセスを経験する必要性がある。

()グローバル市場の短期資金2兆ドルほどは金利差次第で狭隘未熟な市場にも大挙流出入するが、途上国の多くは預金準備率や金利平衡税などで果敢に市場流動性を制御しつつ、成長目的に沿って柔軟に対応し得る金融為替の仕組みを備えていない場合が多い。更に、証券投資は金利と流動性状況に敏感で、ミクロ的な短期効率性の追求に重点を置き、確率的な合理的期待仮説に基づく状況では、株式、債券、金利、為替など、短期及び先物裁定が取引の中心となって、同一方向にherding変動性volatilityが行き過ぎ易い性格overshootを示している点は、今後も金融波乱を呼ぶ要因となる。

()グローバル化の限界が最も典型的に露呈されるのは、政策の失敗金融危機である。

金融危機の徴候は銀行部門の債権債務ポジションALMに必ず現れる。外貨取引の不整合が絡んでいると直ちに通貨危機となる。資産価格が急落する状況では、企業、金融機関、国家レベルとも債務の多寡如何でバランス・シートの不均衡は深刻な金融危機に発展する。

金融危機には、資金仲介機能の麻痺など内在する基本要因、金利為替株価の不安定化など契機になる引き金要因、及び噂や誤報、群集心理など加速化要因の三つの変化過程がある。マクロ指標ではこの前後関係を見誤る。株価の連動性は景気循環局面の違いと為替金利の水準に潜在要因があり、国際分散投資機関のポジション調整の動きが先導加速要因となる。

()国際金融分野では、とりわけ信用情報の入手と判断基準の適正さ、伝統文化や制度と慣行の解釈について、asymmetric informationadverse selection(Mishkin2000)が大きく問題化し易い性格がある。アジア危機は、インドネシアや韓国で従来から明らかにあるcronyismが原因と今更判断し、欧米には理解し難い固有の特質と短絡的に一般化し、旧英領のシンガポールや香港に対しても同じ手口で投機圧力をかけて、却って失敗した投融資機関の行動にも典型的に見られる。企業の内部情報や粉飾決算の利用、信用格付能力や邦銀プレミアムも同様に市場信用の公正な形成に歪みを与える要因になっている。

()グローバル化で常に問題になるのはローカル市場の制度システムとの整合性と調整、及び公平なルールの枠組みである。銀行の健全経営原則PBRは、IMFでも漸く金融健全指標(FSI)として取入れられ、銀行B/S内容と為替持高のマクロ的影響力が認識された。

()世界資金の配分効率化を高めると言う理論は少なくとも三点で限界を示している。

イ)投資分散理論の依拠する合理的期待形成仮説や資産価値計算モデルCAPMは、ミクロ

投資効率の判断に差当たり役立っても情報次第で絶えずポジション調整を必要とし、本来の先行的中長期的キャピタル・ゲイン獲得に有効とは言えない。パレート基準でも生産面での代替性、設備投資の配分効率、経済厚生の向上は困難な上、仮にせよ資本移動の結果、限界資本利益率が一致する事態では、労働の分配率が低下する。ロ) 世界最大の債務国(2001年末1兆9480億ドル、EBS)米ドル基準での世界資金配分の効率性判断には理論的に疑義がある。事実としても九八年秋の金融危機が、その限界と脆弱性を明確に示している。短期資金や変動金利での取引シェアは大きいが、中長期固定金利の提供では他通貨とのスワップが必要で実質コストは高く果たして資金配分効率化の基準に米ドルが最適かである。ハ)金融政策の独立性と為替相場の安定性は、開放的な金融市場と同時的達成は困難とするtrilemmaの理論があるが、工学的な関係を端的に説明したに過ぎず、理論、及び政策上の優先順位は、通貨自主権を持つ国では本来明確である。生産投資の移動による労働分配率の低下のみではない、非貿易財部門向け外貨配分は効率性基準を満たし得ない、と言う点についても、ドル本位の考え方の限界を認識しておく必要がある。

以上のようにグローバル金融市場には基本的に六点で限界状況が示されている。自由市場原理のままでは本格的なGlobal Financial Riskが展開される可能性が内包されている。

(III)グローバルなシステミック・リスクの可能性

具体的には、()基軸通貨国市場での決済不全に起因する民間銀行のドミノ的連鎖倒産、()国際資金仲介機能の麻痺、() 新興国政府による対外支払不能宣言の集団的伝染行動、()デリバテイブ清算不能に伴う信用リスクの連鎖、()基軸通貨の急激かつ大幅な切下げ、()株式相場の急落に伴う企業バランス・シートの崩壊、()グローバル市場、及び地域圏内最後の貸し手の不在、()緊急時のG10の協力不調など、八つの何れかによって発生拡大する可能性が示されている。現実に戦後二回のシステミック・リスクは何れも米銀の連鎖倒産が懸念された場合である。八二年夏に発生した累積債務問題、及び九八年秋のロシア・ルーブルの実質切下げと国債の支払延期宣言がブラジルを経由し、何れも最大債権者の米国投融資機関による支払、乃至、決済不能の連鎖可能性と言う惧れを示したことである。

証券化の進展した今後は小口投資家free riderが増え八割以上の民間参加PSIも難しい。

(IV)グローバル金融市場の安定化

自由な金融資本取引を前提に、公平かつグローバルな活動を通じ、世界の経済厚生が向上可能となるには内外制度能力の強化が必要である。その基本は最終的に四点に絞られよう。

第一は、三通貨は変動制で相互に通貨競争を展開するが、その他国は為替相場の安定性を確保しながら対外調整を柔軟に行ない得るバスケット通貨の採用が安定化の要因となる。第二は、通貨価値のanchorとして金をバスケット通貨の一部に復活させること、第三は、低インフレ率と低金利で三通貨は競争を展開するが、国際seigniorage収入は、対外債権債務ポジションを反映してある程度収斂化に向かうこと、第三は、地域ベースでの中銀間情報交換とスワップ協定などにより実質的な最後の貸し手機能が整備されることである。

(英文抄訳は甲南経済学論集2001/12、和文報告は同2002/6、書物は日本経済新聞社近刊の予定)