直接投資とリカード貿易モデル―小島理論について―

 

寺町信雄(京都産業大学) 

林原正之(追手門学院大学)

 

 

1 直接投資に関する「小島理論」は、この分野を研究する日本の研究者には周知のものである。直接投資が貿易に与える効果を考慮して、直接投資を「順貿易志向型」と「逆貿易志向型」の2つのタイプに区分する。小島教授は理論的な分析を踏まえて投資国は前者の直接投資を実施するのが望ましいと述べた。本報告は、リカード貿易モデルを用いた直接投資の小島理論をより一般的な形で議論する。

 

2 2国2財1労働のリカード貿易モデルを想定する。A国とB国の各財の労働投入係数をそれぞれaj (j=1,2)bj (j=1,2)とするとき、2国の比較生産費の関係は、

(1)                              a1/a2  <  b1/b2

が成立していると仮定する。A国は第1財にB国は第2財に比較優位をもつ。なお、各国の労働は同質ではないとする。すなわち、各国の国内の労働投入係数の比較は可能であるが、A国とB国の労働投入係数の比較(ajbjの比較)は不可能であることを意味する。

さらに、A国のj産業の企業がB国の同じ産業に直接投資をして生産をしたときの潜在的な労働投入係数をaj*とし、B国の従来のj産業の地元企業の労働投入係数をbjとするとき、

(2)                                aj*    bj       ( j = 1, 2 )

が成立するとする。このとき、A国のj産業の企業は、B国市場において、B国のj産業のbjの技術をもつ地元企業との競争を有利に展開することができるといえる。

 

3 (1)(2)式を考慮するとき、次の図を描くことができる。縦軸にはB国の第1産業の労働投入係数b1a1*の値をとり、横軸にはB国の第2産業の労働投入係数b2a2*の値をとる。 なお、以下

 

 

 



では、当該産業に属する企業の労働投入係数はすべて同じであるとして、産業の労働投入係数として述べる。(1)式を仮定していることより、原点よりb1/b2a1/a2の傾きをもつ直線を引くことができる。さらに、図には、(2)式を満たす点(a2*, a1*)を示すことができる。1産業のみの直接投資の場合には、点(a2*, b1)あるいは点(b2, a1*)によって示すことができる。

投資国Aから受入国Bへの直接投資が行われ、B国における潜在的労働投入係数aj*より、図の長方形OABCD内点であるとき、点Oとその該当する点を結ぶ直線の傾きの値として、小島教授がはじめて導入した「潜在的比較生産費」(a1*/a2*)を求めることができる。点の位置によって潜在的比較生産費と(1)式より、

  (3a)                            a1/a2  <  b1/b2  ≦ a1*/a2*

(3b)                                a1/a2  <  a1*/a2* <  b1/b2

(3c)              a1*/a2* <  a1/a2  < b1/b2

(3d)                           a1*/a2* =  a1/a2

をえる。(3)式より、A国からB国に向かう2産業の直接投資が行われる可能性の中で、潜在的比較生産費の介在によって、(3a(3b)では投資国の比較劣位産業である第2産業の直接投資と従来の比較優位構造、(3c)では投資国の比較優位産業である第1産業の直接投資と従来とは逆の比較優位構造、というように直接投資の選別と新しい貿易の比較優位構造が決定される。

 

4 直接投資前の貿易均衡では、両国は完全特化の状態にあるとする。両国は、(1)式の制約下にあり、A国とB国の労働量は(LL*)であるとする。A国(B国)の1労働者(所得稼得)は、第1財に対して所得w(w*のc(c*)0<c, c*1)の割合で支出するとする。よって、労働者の厚生水準を表す効用関数はコブダグラス型となっている。直接投資前の貿易均衡における第2財で表した第1財の国際相対価格をP0、直接投資後の貿易均衡におけるそれをP1とするとき、直接投資前後の貿易均衡を、次の表にまとめることができる。 (・・・・) の各項目は、順に、投資国Aの厚生水準・受入国Bの厚生水準・第1財の国際相対価格・投資国Aの輸入量の変化を表す。

 

 

a1/a2 < a1*/a2*

a1*/a2* < a1/a2

両国完全特化の状態

 

 

P1 P0 とき

+  +  +  +

なし

P1 P0 のとき

なし

?  +  -  ?

受入国Bが不完全特化状態

 

 

P1 P0 とき

+  +  +  +

なし

P1 P0 のとき

-  +  − −)

?  +  -  ?

 

5  直接投資は投資国による順貿易志向型直接投資が望ましいという「小島理論」について、リカード貿易モデルを用いて検討した。リカード貿易モデルでは、投資国Aと受入国Bがあり、A国は第1財にB国は第2財に比較優位をもち、A国のどの産業もB国へ企業進出するとき、B国の地元企業の労働投入係数より小さいという意味で、絶対優位であるとして議論を展開した。

(1) 小島理論は、直接投資がなされたときの「潜在的比較生産費」の概念を導入して、実現可能な産業の選別と新しい比較優位構造を連動して決定する。これは、小島理論の核心であり重要な貢献である。なお、直接投資が(2)式によって潜在的に可能であっても、2産業とも直接投資が実現するとは限らない。

  ここで定義を加える。直接投資前の比較優位にしたがった貿易の流れを促進するように直接投資が実現するとき、それを「順貿易志向型」といい、直接投資前の比較優位にしたがった貿易の流れを促進しないとき、それを「逆貿易志向型」という。

(2) 直接投資が両国の完全特化の比較優位構造を変えないとき、投資国の直接投資は順貿易志向型となる。交易条件は投資国に有利に受入国に不利となる。世界の生産フロンテイアは拡大し、両国の厚生水準は一般に上昇する。これは、投資国は直接投資前の比較劣位産業を相手国へ直接投資することが望ましいという「小島理論」をサポートする。

(3) しかしながら、直接投資前後の比較優位は変わらないが、直接投資後に受入国が不完全特化の状態になるときには、(2)の結果はえられない。直接投資による潜在的な労働投入係数の値と潜在的比較生産費の如何によっては、受入国は両産業の直接投資の受入を実現する。そして、直接投資後の第1財の国際相対価格P1 が直接投資前のそれであるP0 より低くなるときには、逆貿 易志向型直接投資が実現する。投資国の厚生水準を低め、受入国のそれを高める。

(4) 潜在的比較生産費の値によっては、貿易パターンは逆転し、受入国の直接投資受入産業の主力が第1産業に変更されることが起きる。これも逆貿易志向型直接投資といえる。

(5) 「直接投資の小島理論」の核心は、(1)にある。(1)の分析はさらに(2)〜(4)が加わる。「投資国は順貿易志向型直接投資が望ましい」という政策的な主張点を小島理論というよりは、(1)〜(4)を含めたものを小島理論という方がよいと我々は考える。

最後に、「直接投資の小島理論」といっても、本論文はリカード貿易モデルの範囲の議論に限っている。これは、2国2財2要素モデルに拡張する議論が可能かについて検討を加える仕事が残されている。その場合には、潜在的比較生産費に加えて比較利潤率との関係も加わってくることが予想される。

 

 

 

引用文献

[1] 小島清(1990)「海外直接投資のマクロ効果―大山教授の批判に答う―」池間・池本編『国際貿易・生産論の新展開』文眞堂、第13章第3

[2] 大山道広(1990)「直接投資と経済厚生―小島理論をめぐって―」池間・池本編『国際貿易・生産論の新展開』文眞堂、第2

[3] 小島清(1985)『日本の海外直接投資―経済学的接近―』文眞堂

 

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