Strategic Policy for Product R&D with Symmetric Costs

 

神事 直人*

(一橋大学)

 

《報告要旨》

 

本稿では,ハイテク産業で企業が新製品の開発や既存製品の品質向上のために行うR&D(プロダクトR&D)に対する政府の戦略的政策について分析した.戦略的貿易政策の研究において,Spencer and Brander (1983) は政府がR&D補助金を出す誘因をもつことを示し,それがレントの国際間移転を目的としたものであることを明らかにした.しかし,彼女らの分析対象は,財の品質が均一である産業での生産コスト低下のためのR&D(「プロセスR&D」と呼ばれる)であった.したがって,プロダクトR&Dに対する政府の戦略的政策を説明しているとは言えない.また,最近の研究で,Park (2001)とZhou et al. (2002)が,財の品質が差別化されているケースにおける戦略的政策の分析を行っている.これらの論文は,企業の競争関係がクールノーかベルトランか,また自国企業が生産する財が高品質か低品質かによって,戦略的に最適な政策がR&D補助金あるいはR&D課税になるという興味深い結果を示している.しかし,これらの論文では,自国企業と外国企業の技術に大きなギャップがあり,どちらの企業が高品質あるいは低品質財を生産するかが予め決まっているケースについて分析している.したがって,説明の対象が先進国と開発途上国との競争関係といったものに限定されてしまっている.それに対して,現実にはプロダクトR&Dによる財の品質差別化を伴う企業間の国際競争は,同じ水準の技術をもった企業が存在する先進国間で見られることが多く,Park (2001)とZhou et al. (2002)の研究結果がそのようなケースにも適用できるかどうかには少々疑問がある.

そこで本稿では,自国企業と外国企業が同じ技術を持つ場合の国際複占状況下で,プロダクトR&Dに対する戦略的政策について分析を行う.本稿で分析に用いるのは,財の垂直差別化 (vertical differentiation) を伴う複占の部分均衡モデルである.このタイプのモデルについては1980年代から産業組織論の分野において多くの分析が行われてきている(例えば,Gabszewicz and Thisse (1979, 1980), Shaked and Sutton (1982, 1983)などを参照).最近では,Aoki (1995)とAoki and Prusa (1997) がこのタイプのモデルについて,同じ技術をもった2つの企業が垂直差別化された財をめぐって同時手番あるいは逐次手番で財の品質を選択する場合の均衡に関する分析を,クールノーとベルトランの両方のケースについて行った.本稿は,Aoki (1995)とAoki and Prusa (1997)のモデルを国際複占の第三国輸出モデルに拡張して分析を行う.

本稿で得られた主な結果は次の通りである.まず,プロダクトR&Dのケースでも,Spencer and Brander (1983)などの先行研究と同様に,戦略的政策はレントを自国に移転させる機能をもつが,実際の政策にはかなり違いが見られることが明らかになった.単独行動主義において最適な政策 (unilaterally optimal policy) は,Spencer and Brander (1983)では一律のR&D補助金であった.それに対して,同じ技術水準をもつ自国企業と外国企業がプロダクトR&Dによって財の品質を差別化する場合は,各企業が生産する財の相対的な品質水準に応じて異なる率のR&D補助金(負の補助金=課税を含む)を出すのが戦略的に最適であることが示された.具体的には,ベルトラン競争のケースでは,自国企業が外国企業よりも高い品質の財を生産する場合は自国企業のプロダクトR&Dに課税し,逆の場合は十分に高い補助金を出すのが最適である.この十分に高い補助金は,自国企業が低品質の財を生産する均衡点を消すことを目的とする.政府介入がない場合には複数の均衡が存在するので,自国企業をシュタッケルベルグ先導者の均衡に導くだけではなく,それを唯一の均衡とすることが戦略的政策に求められるのである.この点について,Spencer and Brander のケースでは,プロセスR&Dは複数均衡を生成しないため,均衡を選択するという役割が戦略的政策には求められなかった.またクールノー競争のケースでは,いずれの場合も自国企業のプロダクトR&Dに補助金を出すのが最適だが,自国企業が低品質の財を生産する場合により高い補助金を出す必要があるという結果が得られた.

さらに,自国政府と外国政府の両方が政策を実施する場合の三段階ゲームにおける部分ゲーム完全ナッシュ均衡 (SPNE) を求めると,均衡においては一方の政府が上で特定化した単独行動主義において最適な政策を実施し,もう一方の政府が,低品質財の輸出国として最適な政策を実施する.その結果前者の国における企業が高品質財を輸出し,後者の国が低品質財を輸出する.しかし,対称的な2種類のSPNE が存在するため,どちらの国も高品質財の輸出国となるチャンスを有しており,どちらの政府も自国企業に高品質財の生産者としての地位を補償できるわけではないということが示された.したがって,2国の政府が政策を決定し実施するタイミングにおいて,ほんの少しでも差があれば,それが結果を大きく左右すると考えられる.

これらの結果をPark (2001)とZhou et al. (2002)の結果と比較すると,R&Dに補助金を出すか課税するかに関する条件については,基本的に彼らの結果と本稿の結果は同じである.しかし,彼らの分析では,どちらの国が高品質財を輸出するかが予め決まっているのに対して,本稿では自国企業と外国企業が同じ技術を持つ結果,どちらの国も高品質財の輸出国となるチャンスをもっているという点が大きく異なっている.本稿における意外な結果は,均衡において一方の国が自発的に低品質財の輸出国になることを選択するという点である.本来は高品質財の輸出国となったほうがより高い利潤を得られるにもかかわらず,相手国政府が強気の政策(すなわち単独行動主義において最適な政策)を実施する場合は,それに対抗するような政策を実施するのではなく,素直に低品質財の輸出国としての地位を受け入れ,飽くまでもその立場において最適な政策を選択するのである.したがって,どちらの国が高品質財を生産するかが予め決まっているPark (2001)やZhou et al. (2002)のケースとは異なり,財の品質に関する国際間の序列が内生的に決定されるということを本稿は示した.

 

【参考文献】

Aoki, R. (1995) “Sequential vs. simultaneous quality choices with Bertrand and Cournot competition,” SUNY at Stony Brook Working Paper 95-01.

Aoki, R. and T.J. Prusa (1997) “Sequential versus simultaneous choice with endogenous quality,” International Journal of Industrial Organization 15, 103-21.

Gabszewicz, J.J. and J. Thisse (1979) “Price competition, quality and income disparities,” Journal of Economic Theory 20, 340-59.

Gabszewicz, J.J. and J. Thisse (1980) “Entry (and exit) in a differentiated industry,” Journal of Economic Theory 22, 327-38.

Park, J. (2001) “Strategic R&D policy under vertically differentiated oligopoly,” Canadian Journal of Economics 34, 967-987.

Shaked, A. and J. Sutton (1982) “Relaxing price competition through product differentiation,” Review of Economic Studies 49, 3-13.

Shaked, A. and J. Sutton (1983) “Natural oligopolies,” Econometrica 51, 1469-83.

Spencer, B.J. and J.A. Brander (1983) “International R&D rivalry and industrial strategy,” Review of Economic Studies 50, 707-22.

Zhou, D., B.J. Spencer, and I. Vertinsky (2002) “Strategic trade policy with endogenous choice of quality and asymmetric costs,” Journal of International Economics 56, 205-232.



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